HAMSAFilms BBS
彼の名はバシム - 佐藤レオ
2009/05/03 (Sun) 23:59:18
彼の名はバシム
2009年4月20日
彼の名はバシム、それは「微笑み」を意味し、彼は皆にそう接していました。しかし我々は皆、彼を「ピール」と呼んでいました。それは象という意味で、なぜなら彼は象のような大きな体だったからです。しかし、彼は子どものような心の持ち主でした。
彼は皆に愛され、彼の優しさと才能で我々を笑わせて、皆、彼を愛していました。
バシムは皆の友人でした。子どもたちは彼がどのように遊んでくれているのか、びっくりさせては、笑わせるんだと話しました。かれは運動場の庭の世話をし、幼稚園におもちゃや本を持って行っていました。
村のおばあさんたちは、彼がよく訪れてくれ、「何かあればいつでも言ってくれ」と話していたといいます。
彼は村のどこにでも顔を出していました。彼は突然現れては水タバコを一服し、また別の場所へと去って行きました。彼が殺された朝、彼はハミスの家を訪れました。ハミスは3ヶ月前のデモのとき、頭蓋骨を高速催涙ガス弾の発射により破壊されました。―同じ武器がバシムを殺したのです。
バシムはハミスを起こし彼に薬をあげ、次は癌に侵されている別の友達のところに行きました。
そして村の少女がパイナップルを欲しがったのですが、近くの商店ではみつからず、ラマッラーまで買いに行き、そして金曜のお祈りと、土地収奪と人種隔離壁に対する毎週のデモに参加するために正午までに村に戻りました。ピールはデモに参加しないことはありませんでした。
彼はビリン村でのすべての活動と創造的行動に参加していました。彼は常に兵士に人間として話しかけていました。彼が撃たれる前、彼は撃たないでくれと呼びかけていました、なぜならフェンスの近くに山羊がいて、彼は山羊を心配していたのです。そして彼の目の前で女性が撃たれ、彼はイスラエル軍司令官に撃つのを止めてくれ、怪我人が出たからと叫んでいました。彼は兵士が理解をし、射撃を止めることを期待していました。その代わりに、兵士は彼をも撃ちました。
彼の葬式には全ての周辺の村から人々が来て、バシムが皆を愛する以上に人々は彼を愛していたのだということを示しました。しかし、ビリンの人々は彼を探すため周りを見回し続けています、もしかすると彼が我々と一緒に歩いているのではないかと。
ピール、あなたはみんなの友人でした。わたしたちはいつもあなたを愛していると分かっていましたが、
あなたを失うことがどのくらい寂しいことなのか、想像もつかきませんでした。
ビリン村がパレスチナ民衆抵抗のシンボルとなっているように、あなたはビリン村のシンボルです。
最愛のピール、安らかに眠って下さい、我々はあなたの歩んだ道を歩き続けます。
- ムハンマド カディブ、壁と入植地に反対するビリン民衆委員会メンバー
(拙訳:佐藤レオ)
原文:
http://www.bilin-village.org/english/articles/different-look/His-name-was-Basem
zzz。。。 - fz Home
2009/04/18 (Sat) 21:24:33
4月17日、非暴力で分離壁に抗議していた29歳のパレスチナ人をイスラエル軍が撃ち殺したということを聞いた。通算18人目だそうだ。ちなみにこれまでに殺されている半分以上(10人)が18歳以下の子どもで、さらにそのうちの7人は16歳未満。つい先日ニリン村では米国国籍のT・アンダーソンさんが撃たれて瀕死の重傷だが、今度パレスチナ人のバーセム・アブ・ラーメさんが殺されたのはビリン村とのこと。使われたのはどちらも「tear-gas projectile」で、今回は40メートルの至近距離から。ビリン村の壁についてはイスラエルの最高裁ですらルート変更命令を3度出している。
ビリン村の死者 - 佐藤レオ
2009/04/19 (Sun) 13:04:22
投稿ありがとうございます。
重態の怪我人に続き、ビリンでも死者が出てしまいましたね…
隣のニリンではすでに4人亡くなっているので、ビリンはただ幸運だったのかもしれないと思います。
「ビリン・闘いの村」の次回のイベントでは、このことも伝えようと思っています。
詳細情報 - 佐藤レオ
2009/04/19 (Sun) 13:17:47
IMEMC(英語)
http://www.imemc.org/article/60018
ISM(英語、動画あり)
http://palsolidarity.org/2009/04/6185
メディアの入手方法等 - 再生
2009/03/19 (Thu) 00:40:44
「ビリン闘いの村」を観たいのですが映画館にいけるかわからないので、もしDVDとか購入することができるなら、値段や入手方法をお教え願いたいです。
Re: メディアの入手方法等 - ハムサフィルムス
2009/03/29 (Sun) 04:52:47
返信が遅くなり、申し訳ありません。
現在DVDは準備中です。
いま暫くお待ちください。
イベント情報 - 佐藤レオ
2009/02/27 (Fri) 15:23:11
連続セミナー・<ナクバ60年を問う>
第五回「ポスト・アパルトヘイトの経験とイスラエル/パレスチナ」
…………………………………………………………………………
■問題提起
峯陽一(アフリカ地域研究/大阪大学人間科学研究科准教授)
鵜飼哲(フランス文学・思想/一橋大学言語社会研究科教授)
■日時
2月28日(土)18時開場・18時15分開始(21時終了予定)
■場所
文京シビックセンター 区民会議室4階ホール
[所在地]文京区春日1−16−21
[地図]
http://www.city.bunkyo.lg.jpsosiki_busyo_shisetsukanri_shisetsu_civic.html
[交通]東京メトロ丸の内線・南北線後楽園駅徒歩 1 分
都営地下鉄三田線・大江戸線春日駅徒歩1 分
JR総武線水道橋駅徒歩8分
■参加費 800円
イスラエルによるアパルトヘイト(人種隔離)政策は、現在ヨルダ
ン川西岸地区を縦横に分断する隔離壁の建設以前から、占領地に、
そしてイスラエル国家内部に厳然と存在していた。隔離を支える思
想、移民から成る支配者の文化、周辺地域との関係を含め、かつて
の南アフリカのアパルトヘイトとの共通性をもつ半面、解消へと至
る道は南ア以上に困難であろうということが、多くの専門家によっ
て指摘されている。では「ポスト・アパルトヘイト」に向けて、学
び得るものは何も残されていないのだろうか。現在の南アにおける
歴史教育や「和解」の問題についても参照項としながら、なお可能
性を検討する。
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2)サラ・ロイさん来日講演「ガザが語る、パレスチナの将来」
ハーバード大学中東研究所上級研究員で、ガザに滞在しながら長
年フィールドワークを行ない、被占領地の社会経済的構造分析に関
して高い業績を上げてた、サラ・ロイさんが、東京大学グローバル
COE「共生のための国際哲学教育研究センターの招きで来日します。
ミーダーンでも3月7日に講演会を開催することになりましたの
で、ぜひご参加下さい。
期せずしてあのガザ侵攻を経ての開催となってしまいましたが、
国際社会が侵攻中の見て見ぬふりから忘却へと進むなかで、このガ
ザ研究の第一人者の講演を共にすることで、あらためてイスラエル
の占領を問い直す機会を作って行ければと思います。
…………………………………………………………………………
3/7(土)サラ・ロイ来日講演会
ガザが語る、パレスチナの将来――イスラエルによる占領を読み解く
[講演]サラ・ロイ(ハーバード大学中東研究所上級研究員)
[対談]サラ・ロイ+小田切拓(ジャーナリスト)
…………………………………………………………………………
[日付]
2009年3月7日(土)
[タイムテーブル]
開場/受付開始:15時
第一部 サラ・ロイ講演:15時30分〜
第二部 サラ・ロイ&小田切拓対談:18時〜
(20時終了予定)
[場所]
東京麻布台セミナーハウス大会議室
■住所:〒106-0041 東京都港区麻布台1-11-5
大阪経済法科大学 東京麻布台セミナーハウス
■アクセス:東京メトロ日比谷線「神谷町」駅1番出口から歩5分
■地図:下記URL
http://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/access.html
[参加費]
1000円
[主催]
ミーダーン<パレスチナ・対話のための広場>
東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」
*詳細はミーダーンBlogにて
http://midan.exblog.jp/10866522/
ガザ情勢HP - 佐藤レオ
2009/01/17 (Sat) 05:27:05
中東研究者の錦田愛子さんが、ガザ侵攻の経緯などをまとめたHPを公開されています。
http://aziza.web.fc2.com/contents/palestine/p_gaza_index.html
パレスチナこどものキャンペーンより - 佐藤レオ Home
2009/01/16 (Fri) 01:00:48
パレスチナ子どものキャンペーンです。
市街戦が始まっています。
ガザからの緊急の声を一人でも多くの人に伝えてください。
転送転載大歓迎
ガザ 1月15日16:30(日本時間23:30)
−−−−−−−−−−−−−−
500メートル先に戦車が・・・
−−−−−−−−−−−−−−
国連の本部が攻撃されました。今、私の家族と一緒に家にいますが、家から500m
のところにイスラエル軍の戦車がいて外にでることができません。これまでで最
悪の日です。
彼らはテル・アル・ハワ地区に侵入し、次に小麦が保管されていたUNRWA(国連)
本部を攻撃して火事が起きました。テル・アル・ハワ地区の人々は、女性も子ど
もも通りに出て逃げ出しました。この地域は人口密集した住宅地です。男たちが
集められ、建物が取り上げられて火がつけられました。あらゆる方向から爆撃と
砲火を浴びせ、アブダビのジャーナリスト2人が負傷し、1人は重傷です。
今、新たな空爆が始まりました。(爆発音)
イスラエルは状況をどんどんエスカレートさせています。今、人々は家を離れて
あちこちに動き回っています。あらゆる方向から攻撃を受けているので、どこに
も行けず、人々はただ動き回るだけです。いろいろな地域が攻撃を受けています。
そのような地域から人々は逃げ出しています。
−−−−−−−−−−−
人々が逃げまどっている
−−−−−−−−−−−
昨夜は朝まで恐ろしい時を過ごしました。銃撃が連続しています。
(また爆発音を飛翔体の飛行音)
多くの人々が残骸の下敷きになっています。パレスチナ赤新月社が運営している
アル・クッズ病院も攻撃を受けました。ここには500人のパレスチナ人が避難し
ています。この病院もテル・アル・ハワ地区にあります。病院も救急車も民間防
衛局も消防署も、全てが攻撃されています。多くが負傷したり死んだりしていま
す。
−−−−−−−−−−−−−−
石油の備蓄も小麦もなくなった
−−−−−−−−−−−−−−
多くの人がただ逃げ回っています。今日の午後は多くの人がただ毛布やかばんだ
けを持って攻撃された地域からこちらに逃げてきています。テル・アル・ハワ地
区の人々は国連本部に逃げ込んでいましたが、そこも攻撃されました。イスラエ
ルは攻撃してUNRWA職員と避難民の3人が負傷しました。ここにはUNRWA本部のオ
フィスと倉庫がありました。
大きな問題は、この施設には石油が備蓄されていたことです。石油やガスの備蓄
が破壊されたのは破局的です。これらの燃料は病院や井戸から水をくみ上げる施
設に供給されていました。ガソリンや燃料はUNRWAだけにしかなかったのです。
石油は攻撃目標になった二つのものの一つです。もう一つは小麦粉でした。もう
ガザには小麦も石油もありません。
空爆は無差別で、攻撃はあらゆる方角に向けられています。ただ殺すだけです。
皆さんによろしく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アムジャッドさんと電話がつながり、話を聞くことができました。
彼には、小さな娘が二人います。子どもたちはどんな思いでいるのでしょうか。
電話で話をすることしかできない自分がとても辛いです。
**************************************************
特定非営利活動法人 パレスチナ子どものキャンペーン
Campaign for the Children of Palestine(CCP)
〒171-0031 東京都豊島区目白3-4-5 アビタメジロ603
Tel:03-3953-1393 Fax:03-3953-1394
Email: ccp@bd.mbn.or.jp
HP: http://ccp-ngo.jp/
ガザのゲルニカ イスラエルによる空爆で300人以上が死亡 - 佐藤レオ Home
2009/01/16 (Fri) 00:58:55
http://democracynow.jp/subomov/20081229-1
37分の映像ですが、重要なインタビューが続けて収録されています。
私たちに残された最後のものを守るために(サファ・ジューデー)1 - 佐藤レオ Home
2009/01/15 (Thu) 21:08:24
2009年1月5日
1月3日の夜、私たちは悟った。イスラエルの戦争大臣エフード・バラクの言葉に正しいと言えるものがあるとしたら、それは唯一、この侵攻が長いものになるということだ。こちらの時間で午後9時15分、イスラエル軍は3つの地点からガザ地区に入ってきた。F-16が上空から掩護する中、ガザ市の東、そして、北部のジャバリヤとベイト・ラヒヤから、パレスチナの人々が住む地域に戦車隊が進軍してきた。同じ時刻に、ガザ最南端のラファにも、東南から戦車と歩兵部隊が侵入した。ガザ市のミンタル地区には戦車砲と大砲の砲弾が雨あられと襲いかかり、海からもガザ市に向かって戦艦からの一斉砲撃が起こった。ガザ地区全域が包囲され、ミサイルと大砲の猛烈な攻撃が続いた。
多くの住人は、地上侵攻が始まったことさえ気づかず、その間ずっと、イスラエル軍の空爆が激しさを増しただけだと思っていた。ガザ市はこの数日間、停電が続いていて、どの家のラジオも電池が切れかかっていたのだ。すでに1週間以上、ガザ市のほぼ全住民が家に閉じ込められた状態で過ごし、開いている店など1軒もない。ニュースは口伝えで伝わってくる話に頼るしかなく、自家発電装置を持っていて、なおかつ燃料が残っているという幸運な人はごくごくわずかしかいない。
このうえなく厳しい、絶望的な状況に置かれたこの今、武器など持っていない一般の人たちに猛烈な爆撃が浴びせられている。地上戦に先立つ8日間、イスラエル軍は、完全に無防備な人々(その4分の3は女性と子供だ)相手に、世界で最も進んだ軍事力を、システマティックに、思う存分ふるいつづけた。気力・体力とも限界に達した状態で、住民たちは、途方もない喪失感と焦燥感にさいなまれながら必死に耐えている。言うまでもなく、18カ月に及ぶ封鎖で、ガザはすでに、これ以上持ちこたえるのもほと
んど不可能な状態に追い込まれていた。
この数日間で、私たちは10以上のモスク、聖なる礼拝の場所が爆撃を受けるのをまのあたりにした。ほとんどが、中で人々が祈りを捧げている時のことだった。私たちは、瓦礫の下から子供たちが引きずり出されるのをまのあたりにした。その小さな体の中で折れていない骨はただの1本もないように見えた。私たちは、血まみれの死体と最後の息を引き取る人たちであふれかえっている病院をまのあたりにした。空爆を受けた現場で懸命の蘇生処置を受けている友人たちの姿をTVで見た。何家族もの家族全員がミサイルの一撃で地面もろとも吹き飛ばされるのを見た。私たちの街が、家が、近隣の地域一帯が、とてつもない破壊行為によって、何だったのかも
わからない瓦礫の山に変じていくのをまのあたりにしてきた。
これだけのことをやっておきながら、イスラエルは声高に、この攻撃は民間人を対象にしたものではない、これはハマースの政治・軍事部門に対する戦争であると強固に言いつづけている。一方の私たち、ガザの住民は、全員が、およそ人間に耐えられようはずもない恐怖と暴力を一身に受けつづけている。もしかしたら、イスラエル軍は、自分たちが作り出した妄想を真実だと思い込むようになり、その妄想のもとに行動しているのではないか。そんな思いすら浮かびはじめている。
イスラエルは私たちの家に入り込み、私たちの街で私たちを攻撃し、私たちに向けて全開の暴虐さを発揮しつづけている。いったい、私たちは、どう対応するのが当然だと思われているのか?
↓2へ続く
私たちに残された最後のものを守るために(サファ・ジューデー)2 - 佐藤レオ Home
2009/01/15 (Thu) 21:07:17
今、ガザでは、パレスチナのすべての派が一致団結し、持てる限りの戦闘能力を結集して、敵に立ち向かっている。その戦闘能力は、イスラエルの軍事力に比べられるようなものでは到底ない。それでも、彼らの闘いは、私たちに、かつてないほど強く、パレスチナの人々は自分たちのものを守るために最後の最後まで闘うだろうという確信を与えてくれている。抵抗と勇気と愛がパレスチナ人のアイデンティティにとって不可欠のものなのだということを、それは、私たちが耐えている苦難がどれほどのものであろうと、決して変わることはないのだということを、示してくれている。
彼らの闘いは私たちの心に力を与えてくれた。私たちが最も必要とする時に、心を支えてくれるものが出現したのだ。
パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のアブー・アリー・ムスタファ旅団、イスラーム聖戦運動のアル・クゥドス旅団、ハマースのイッズッディーン・アル・カッサーム旅団、民衆抵抗委員会(PRC)のサラーフッディーン旅団、ファタハのアル・アクサ殉教者旅団、このすべてが結束し、統合されたひとつの最前線部隊として、100パーセントの危険が約束されている中、私たちの街を、私たちの家を守るために闘っている。彼らはみな、みずからの死が無力な子供の死をひとつでも阻むことできるのなら、それなら自分は死んでもかまわないという覚悟ができている。私たちはひとつだ。私たちはこれまで繰り返し繰り返し苛酷な運命を受け入れてきた。しかし、ガザの人たち(その80%は難民だ)は決して皆殺しにされるつもりはない。圧政と強欲に導かれるままによそからやってきた連中に今一度この地から追い立てられるつもりはない。
パレスチナ各派の統一レジスタンス部隊の人員が全部でどれくらいになるのか、いろいろな数字が出されているが、おそらくは数千というところだろう。一方、ガザ地区内・ガザ周囲にいるイスラエル軍は、現時点でおよそ3万3000。明日中には、さらに多くの予備役兵が招集されることになっている。圧倒的な軍事力の差は地上部隊の人員数にとどまらい。イスラエル陸軍はイスラエル海軍とイスラエル空軍に掩護されている。地上部隊には大砲があり、戦車があり、工兵隊があり、諜報機関のサポートがある。イスラエル兵は最新鋭の武器と情報機器を装備している。
一方のパレスチナの戦闘員はと言うと、イスラエルの軍事力に抗して自分自身とガザの人々を守るのに、手作りのロケット砲と最少限・最低レベルの武器で間に合わせなければならないのだ。
この今、攻撃のただ中にあっては、現在の状況を正しく判断することも今後を予測するのも難しい。死んだ人、怪我をした人の数も、私たちが失ったものがどのくらいなのかも把握するのが困難になっている。食べ物や水や暖かさや陽の光といった、生きていくための最低限の必需品が贅沢なものではなかったのがいつのことだったのか、それを思い出すのさえ難しい。今、この時点で機能しているのは、人間としての最低限の本能だけ。
愛するものを守りたいという欲求、シェルターを確保したいという欲求、闘う本能、逃げようとする本能。私たちはもう長い間、逃げつづけてき
た。ガザは私たちの最後の避難所、今イスラエルと呼ばれているものに取って代わられてしまったのちの、私たちの最後の家だ。このすべてが60年前に起こった。イスラエルは、これ以上、いったい何がほしいというのか。私たちにはもうどこにも行くところはない。イスラエルは、現在ある国際法の条項をことごとく無視してきた。今こそ、私たち自身を守る時、レジスタンスの時だ。
・・・
サファ・ジューデーは、アメリカのストーニー・ブルック大学で学び、修士論文提出資格を得た。2007年9月にガザに戻り、現在はフリージャーナリストとして活動している。
翻訳:山田和子
連中はもうどんなことをしてもいいと思っている - 佐藤レオ
2009/01/15 (Thu) 20:57:40
エヴァ・バートレット
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月3日
直前のF-16の爆撃で煙と土埃がもうもうと舞い上がる中、必死に避難する
一家がいる。ジャバリヤのパレスチナ赤新月社(Palestine Red
Crescent Society:PRCS)の救急車受付には、恐怖におののきながら家か
ら避難する住民たちからの電話が殺到している。新しい年。新たなナクバ
(大災厄)。でも、この光景は目新しいものではない。イスラエルは今ま
たガザを爆撃し、世界はその横で、ガザをぐるりと囲んでいる電流の通っ
たフェンスや西岸地区を分断しゲットー化している壁とは無縁の、安全な
フェンスの上にのんびりと座っている。のんびりと座って、これまでの長
期にわたる封鎖でほとんど死にかけていたガザの人たちをイスラエルが
次々と虐殺していくのを正当だと言っている。
今夜は救急車4台に同伴。昨夜は2台だった。救急車は、できたての瓦礫の
山を巧みによけながら、縫うように、人為的に作り出されたゴーストタウ
ンの中、明りのいっさい消えた道路(ガザ中の道が同じような状態だ)を
走っていく。
こんなことはどう考えたってありえない、信じられない。皆殺しではない
か。「連中はもうどんなことをしてもいいと思っている。気が狂いかけて
いるんだ」と救急スタッフは言う。
家の残骸、モスク、学校、店の残骸。パニック状態で、死ぬのだけは免れ
ようと避難する住民たちの姿がそこここに見える。前夜、またも多くの家
が爆撃を受けて、今朝から、さらに大勢の人が避難を始めた。私も多くの
残骸をまのあたりにした。今朝、イスラエル軍が撒いたビラに、集団的懲
罰として北部一帯を爆撃すると書いてあり、住民たちはそれを信じた。
今、ジャバリヤの複数のPRCSステーションにはどこにも明りはついていな
い。つい先ほど停電してしまったのだ。寒さと闇の中、戸外の爆裂音は
いっそう大きく響きわたる。
砲撃で立ち昇る刺激性の煙が空気を汚していく。戦闘機と戦車とブルドー
ザーと戦艦で完全に包囲されているという感覚がどんどん強まっていく。
ガザ攻撃の最新ニュースが流れる。ガザ市のパレスチナ・モスクの近くの
孤児院が爆撃された。次はパレスチナ・モスクだと皆が口をそろえて言
う。すでに少なくとも10のモスクが破壊されている。今日のイブラヒー
ム・アル・マカドマ・モスクの爆撃で死んだ人は11人、怪我をした人は50
人。死者も負傷者も果てしなく増えていく。
北西部からの、そして、この救急ステーションから遠く離れた東部からの
救助を求める電話は、返事ができないままにやり過ごさなければならな
い。救急スタッフはICRC(赤十字国際委員会)経由でイスラエル相手に調
整をしなければならない。なんと痛烈な皮肉だろう。占領者はガザから出
る許可を与えず、占領者は侵攻し、その侵攻者は次々に人を殺し、重傷を
負わせ、そして、あろうことか、自分たちが殺し、怪我を負わせた人たち
を救急車が搬送する許可を与える権限まで持っているのだ。
信じられないという思いが続いている。重い爆発音とアパッチヘリのプロ
ペラ音も、夜の闇に撃ち込まれる銃撃のスタッカートも、結末のわからな
いまま、どことも知れない標的を直撃したミサイルの炸裂音も、何もかも
が、ただひたすら信じられない。
・・・・・・
エヴァ・バートレットはカナダ人の人道活動家、フリーランサー。2007
年、西岸地区の各地に8カ月、カイロとラファ・クロッシングに4カ月滞
在。2008年11月に第3次フリー・ガザ運動の船でガザに到着したのち、現
地にとどまり、国際連帯運動(ISM)の一員として活動を続けている。現
在、ISMメンバーは、救急車同伴活動を実施し、イスラエルのガザ空爆・
地上侵攻の目撃証言を現地から発信している。
翻訳:山田和子
"They know no limits now"
Eva Bartlett writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 3 January 2009
原文:http://electronicintifada.net/v2/article10106.shtml
エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml
バートレットさんのブログ(In Gaza):http://ingaza.wordpress.com/
ISM(国際連帯運動):http://www.palsolidarity.org/